ほわぴの旅行日記

旅行大好き!小さな旅行から国内・海外旅行まで。日々のお勉強の進捗など。

ピアノ

今日ピアノのことをふと思い出した。

私は12年もピアノをやってたのに、全くピアノには縁の遠い仕事をしてる。

まぁ、そんな人なんて多いんだけど。

 

ピアノは5歳の時に、うちで働いてる従業員の人んちに嫁いできた奥さんがピアノの先生をはじめたかなんかで始めたんだと思う。

ピアノがあってちょうどいいとかなったのかそんな感じで、姉と友達3,4人で習い始めた。

 

友達んちはピアノがなくて練習できないかなんかっていうのもあって、うちの姉妹は習ってる中ではうまい方だった。

一緒に習い始めたけど、姉のほうが先に進んでた。

 

習い始めて間もなく、先生の旦那さんが病気で亡くなったことを知らされた。

私は死の意味がよくわからなくて、平然といつものようにレッスンにいったら、先生が少し落ち込んでた。

先生は県外から嫁いできてて、まだ若かった。

 

うちの親は従業員の人の縁もあって、旦那さんが亡くなってから、いろいろと世話をしていたみたいだった。

あとから知った。

 

というのも、うちにあったおもちゃがどんどんなくなっていって、ピアノの先生の家にあることを途中から気づいて、すごい怒ったことがあった。

こっちからしたら、気に入ってたおもちゃを勝手に他の人にあげるなんて全く意味がわからない!って感じだった。

 

意思決定ができないときになんとなく習い始めて、途中で無性に行きたくなくなることがあった。

確か小学校に2,3年の頃がピークだった気がする。

泣きながらいってた。

 

先生は普段優しいけど、ピアノになるとすごく怖くて、毎回怒鳴られて怖かった。

見た目からは想像も出来なかった。

 

でも、私は意外と真面目に練習して通ってた。

姉は途中から全く練習しないようになった。

 

姉とは1つしか変わらないけど、何をやっても姉の方ができるっていうのが当たり前だった。

成績も運動も絵もゲームも、何をやっても姉には勝てなかったけど、それは姉だからだと思って、勝とうと思うことがなかった。

 

でも、ピアノを習い始めて数年たった頃、ピアノが姉に追いついてきた。

当たり前だと思う。

姉は1回もひかないままレッスンにいってて、私は怒られるのが怖くて何回か練習してて、小学校3年か4年のときに、姉を抜いた。

はじめてだったけど、全然うれしくなかった。

それよりも、姉は私に抜かれたことで以前にも増して練習しなくなったことを怖く思った。

姉はそれでも、やめずに続けるには続けてた。

 

そんでしばらくして、私の念願だったエレクトーンを買ってもらった。

ピアノの発表会のとき、合同でやってた先生がエレクトーンも教えてて、エレクトーンを見た時どうしてもほしくなって、ずっとねだってたら買ってもらえた。

 

使い方がわからないから、その合同でやってた先生のところまで習いに行った。

姉はちょっとだけいって、すぐいかなくなった。

私の方が上達が早かったからだと思う。

練習しないから当たり前だと思った。

 

エレクトーンを習い始めた時、ピアノの先生が寂しそうな顔をして

「エレクトーン習い始めたらしいね。ピアノはやめちゃうの?」

と言われて、

「いえ、やめません、続けます」

ってなんとなく言ってしまった。

 

やめるきっかけを逃したけど、もうそのとき6,7年やっててやめる選択はあんまりなかった。

姉は確か中学くらいでやめた。

 

結局、私は地元を離れるまでピアノを続けた。

最後の発表会でショパンのワルツをひいた。


ショパン・ワルツ op.64-2(井上 惠美子)

 

今思うとよくこんな渋い曲弾けたなって思うけど、完成度は低かった。

先生がなぜこの曲をチョイスしたのかよくわからない。

 

そんで最後の練習曲


モーツアルトピアノソナタ11番 第1楽章

 

なんか、長すぎて終える気がしないまま未完成のまま高校卒業ってなってやめた。

 

私は心残りがあるから、祖父の遺産で電子ピアノを買ったんだと思う。

でもあんまり弾かないまま6年くらいたってしまった。

 

エレクトーンは大きすぎて持ってこれなくて実家にそのまま眠ってる。

私は結構天才的で、エレクトーンのドラムとか音源の設定は独学で全部出来た。

 

結局私がほしかったのはねだっても買ってもらえなかったシンセサイザーだっというオチ。

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